1-14 出世

「そうすると早苗さんは10月18日にマンダリンホテルをチェックアウトをしたあと、どこへ行くというようなことを言ってらしたのですか、ご存じの方はおられるでしょうか?」伊勢は尋ねる。
「はい、同僚には仕事の数日前にシンガポール入りして観光するとは言っていたらしいのですが、
具体的にどこに行くというのは誰も聞いていないのです」
「ほう、誰も詳しくは知らない?ところで地井さんは御社で、どういうお立場でしたか?」
「彼女は入社時は事務的な仕事が主でしたが、その後ソフトウェアの開発部門を希望され、
見習いからはじめたのですが、めきめき上達されました。語学も堪能で、現在では開発部門から離れて、
新しい取引先開拓のための営業活動を行うプロジェクトチームのリーダーまでになって
活躍していただいております。プロジェクトチームは専門的な知識だけでなく、語学力や営業面でも
それなりの力がなくてはならないのですが、彼女はその点、技術面だけでなく人当たりがよく、
機転の利くうってつけの人材だと会社は認めていておりました。
いま彼女は部長になっておりまして、近い将来、常務の肩書きを用意していたくらいです。
異例かもしれませんが」と由比専務はそう答えながら、先ほど読み上げた予定表を伊勢に手渡した。
「若くして常務候補ですか?」
「そうです。当社は実力主義的なところがありまして、彼女のことをかっていたのです」
「もしかすると今回のシンガポールでのお仕事というのは彼女1人だったのですか?」
「はい。彼女はDragon社とは日本でも現地でもすでに何度か仕事をこなしておりましたし」
「飛行機やホテルはどこで予約するのですか?」
「うちの近くに取引している旅行社がありまして、そこで出張する人は予約することになって
います。支払いは会社持ちになるのです。もちろん個人的なものの支払いは別ですけど」
「失礼ですが、地井さんがシンガポールへ出張される前後、御社のどなたか同じようにシンガポールへ
行かれた方、あるいはほかの海外へ行っていた方はおられますか?」
「そこまでは考えておりませんでしたが、調べてみることにいたします」と由比専務は少しうろたえたような
様子を見せた。

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