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回答プロ: 佐古 康弘
ご相談者:10代/男性
当方高3の受験生です。(もう本当に限界まできているので読みにくい文章になってしまうと思いますがお許しください。あと、人に話すのに非常に抵抗があります。文章だけで説明して理解していただくことも非常に難があります。)
好きなものが嫌いになるという恐怖、不安を恒常的に抱え苦しんでいます。私はその不安を克服したい為に週に一度か二度好きなもの(ただし、その対象とは人ではない)の写真を半日以上眺め、自分の嫌いな要素がないか確認し、嫌いな要素があったらそれが受け入れられるまで確認し、その写真から受ける印象が確かに変わらないものであるということを確認しないと気が済みません。(ちなみにそれは人ではありません。)それをずっとやらないでいると頭の中で徐々にそれが悪いイメージに変わり、不安で頭が回らなくなり、他のことが手につかなくなります。また、何でもない時も不快な印象や嫌いになるのではないかというとても強い不安が突然鮮明に、まるで映像のように意識され、(フラッシュバック)尋常じゃない苦痛に苛まれます。そのせいで受験勉強に大きく支障を来しています。気分転換しようとしても、好きなものと恐怖・不安の対象が同一のもので、逃げ道がありません。時々衝動的に好きなそれについて考えたくなりますが、そういう時こそそんな不安が喚起されてしまい、不安と楽しみを完全に切り離すことは不可能です。それでも、その対象を嫌いになることはどうしてもできません。
高機能自閉症(診断済み)で限定された興味関心しか持つことが困難だからというあくまでも推測があります。対象を代替するものは存在しません。・その症状に対しては強迫性障害という診断名がついたことがありますが、今まで治療してきた中でごく短い間軽くなることはあってもまたすぐ悪くなってしまいます。特にストレスがかかると悪化する傾向にあります。自分の好きなものが常に脅威にさらされているので、心が常に不安定で、物事に対する動機づけの低下や喪失が甚だしく、勉強も健常者と比べてコンスタントに出来ず、日々悔しい思いをすることがまた二重のストレスとなります。それでも強迫行為を見たり勉強が出来ない自分を見る親は「そんなの我慢しなきゃなんないんだよ」とか、「お前は今そうやっていることで自分で自分の首を絞めてるんだよ」とか言われて余計に辛くなります。自分(文系)は今まで国公立受験を考えていましたが、そんなことで国立をこの夏諦めました。諦めたことに後悔はありませんし、元々私立の方が行きたい大学でしたが、お金を出してもらうのにこんなに頑張れない状況で引け目を感じていますし、将来とことが不安でたまりません。同居する予定の兄もうつ病等を否定し、変なこと言い出したら追い出すと言われてしまいました。そんな自分は心が不健全である癖に、大学では臨床心理学を学びたいとか思っています。逆に他の学部学科に興味関心が持てません。多くのアスペルガーと同様私は集団が苦手で、友達も多い方ではありません。まず、多くの人が興味・関心を持っていることに全く関心が持てず、いつも話題についてゆけず集団では常に浮いていまったり、人と違うことをからかわれたりしています。よく変な奴だとか面白いとかも言われます。しかし、その一方では1対1での会話は割と得意で、友達がよく他の人には言えないようなことを自分によく打ち明けてきます。また、私の心理学への動機づけは人並みではありません。どうすれば相談者を良い方向へ導けるかということを考えることが好きで、人を理解し、尊重したいという意欲が人一倍強いのです。そうなった背景は恐らく私の理解されなかった過去が少なからず関わっていると思います。また、普通の人には共感を得にくいけれどアスペルガーだからこそ共感出来る部分もあると思うのです。勿論医者にはあまりお勧めできないと言われましたが。こうした明確な理由や方向性や夢があるにもかかわらず、日々壊れてコントロールを失ってゆく自分と、それを指さされて堕落な奴だと言われることと、好きなことを純粋に楽しめないことの絶望でおかしくなってしまいました。いろんな意味で誰からも置いていかれて孤独であること、自分の辛かった経験が活かせなくなること、同じ辛い思いをしてきた(かもしれない)人に会えなくなること、せっかく途中まで頑張っていても意欲や実力が自分の好きである筈のものに関する不安で台無しにされること等を思うと、とてもとてもやりきれなくなります。強迫性障害に関しては物心ついた頃からずっとで、もう治らないだろうと思っています。世の中がロンドンオリンピックで沸いているのに全く関心が持てないどころかたった一人でただ気分のどん底にいる自分は妙というよりみじめだと感じています。こんな私が今更どうすればいいかと人に問うたところで今の自分が良くなることが信じられない自分が、どうすればいいと人に問うことしか見つからなくて、本当にどうすればいいでしょうか。私はもう心の底から一生笑えないような気がします。
10代/男性 | 日付:2012年8月 2日(木) 17:35 JST | 閲覧件数: 2,413
mistake107さん、ご相談ありがとうございます。
様々な事が絡み合い、臨床心理学を学びたいという強い向上心があるのに、心が崩れ、上手く前進できないのですね。
また、何度も心が崩れる経験をしているので、心の底から一生笑えないような気もしてしまって苦しいのですね。
問題が何個かあるようなので、少し分けて回答します。
高機能自閉症、強迫性障害など診断を受けている症状についての対応
意志から診断を受けているのでしたら、信頼できる担当医と何度もセッションを重ねて完治を目指す事をお勧めします。
一般的な症状に対しての対応法帆でしたら、このような相談サイトも重要な役割になりますが、かかりつけの医師から診断を受けている場合は、担当医との相談がベストです。
mistake107さんが最初に記入しているように、文章だけでのコミュニケーションにはデメリットも多く存在します。
特に心の病の診断を受けている場合は、誤った受け取りの可能性も高まっている状態なので、直接のコミュニケーションでの相談で、対応法を決めていくことをお勧めします。
今の担当医と信頼関係が出来ていないのであれば、担当医を変えてみる事もありだと思います。
精神的な病は特に信頼関係が大切ですので、まずはmistake107さんが信頼できると感じる医師を見つけ、その意志と完治を目指す事をお勧めします。
好きなものが嫌いになるという恐怖、不安の対応
週に一度か二度好きなものの写真を半日以上眺め、自分の気持ちを確認する事で、恐怖や不安は消えていますか?
この確認で上手くいっているのなら良い事ですが、心理的な観点ではお勧めできない要素が強いです。
嫌いになるという感情は、嫌いな事を発見したという事で生まれる訳ではありません。
何事にも好きと嫌いという二面性の感情があるものです。
今好きなものは、嫌いなとこが無いから好きなのではなく、嫌いな気持ちより好きな気持ちが強いから好きでいられるんです。
好きなものが嫌いになってしまう事をどうしても避けたいというmistake107さんの気持ちは良く解りました。
だからこそ、嫌いな面に目を向けるという事は危険な行為です。
嫌いな面に目が向かってしまえば、見る必要ない嫌いな面も見つけなければいけない状況を作り出してしまうんです。
目を向けて確認するのならば、嫌いな面ではなく、好きな面です。
好きな面で行ってみると、安心感が生まれ、対象を考えていない時も安心して過ごせるようになっていくはずです。
意識で嫌いを受け入れ安心を確認するのでなく、無意識に安心感を与える行動というものを行ってみましょう。
受験勉強と興味関心について
臨床心理学に強い興味関心があるのは解りました。
そして他の学問には全く興味関心がもてない状態という事も解りました。
でしたら、大学に拘って受験勉強を行う必要があるのでしょうか?
相談文に書いてあるmistake107さんが興味関心がある臨床心理学でしたら、大学である必要なないように感じました。
臨床心理学でなく、研究などに興味があるのなら大学しか出来ない事が多いと思いますが、臨床心理学なら大学以外でも学べる場というのはあります。
学びたいものが確定しているのなら、mistake107さんの関心を一番満たしてくれる環境をまず探すリサーチを行った方が良いのでは?
既に完璧なリサーチを行って決めた大学があるのなら別ですが、違うのなら大学という選択に囚われず、幅広い検索をしてみましょう。
興味関心というものは、他人と一緒である必要はありません。
確かに今はオリンピックで盛り上がっていますが、私もオリンピックに興味関心は殆どありません。
サッカーが好きなので、サッカーは見ていますが、オリンピックだから見てはいませんよ。
話題について行けない時は、自分で話題を提供して、巻き込めばいいだけです。
他人の話題に合わせて興味関心を持とうという考え自体が、心のメカニズムに反する考えです。
人生は必ず集団で盛り上がらなければいけない必要なんて、どこにもありません。
mistake107さんが少人数を好んで、少人数では上手く会話ができるのなら問題ないのではありませんか?
それがmistake107さんの幸せと一致するものなのですから。
今のmistake107さんでも少人数でしたら楽しめる話題があるはずです。
その今持っているものを十分に活かして過ごしてみてください。
プラスの考えが出来るようになれば、心の底から笑える日は今日かもしれないし、明日かもしれない。
生きているのに一生出来ないと思い込む事には何のプラスもないですよね。
いつか出来ると思い込んで過ごしましょう。
mistake107さんの状態は我慢しなきゃいけないのでなく、改善する為に今の行動を変えなければいけない。
無意識に自分で自分の首を絞めないように、様々な人のサポートを受けて行動を変えなければいけない。
考えや気持ちを変えるというのは言われても難しい事だと思います。
だから、そういう時は行動から変えてみるというのも一つの方法です。
mistake107さんの周りにいる方にサポートを求めて一緒にゆっくり変わっていってみましょう。
回答日時:2012年8月 4日(土) 14:23 JST
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回答ありがとうございます。
回答を受けて、好きなものが嫌いになるという恐怖に関しては一筋縄ではいかない部分があると改めて思いました。仰る通りその嫌いな面に目を向けることは危険な行為であることは理解出来ます。しかし、それによる改善や効果というのは、はっきり言ってどちらとも言い難いです。多くの物事に関して、マイナスの面よりもプラスの面を見た方がいいことは間違いありません。しかし、私の場合、好きな面を見れば見て満足を得る程それとは対極の気分や感情が無意識に誘発されて、考えないようにしたり、別のことで紛らわしたりする程それが大きく膨らんでしまいます。(とても矛盾していますよね)つまりこれは、認識の矯正によって治る問題なのかという疑問です。文章での議論はやはり語弊や限界があるのでここまでと致します。
その他のことに関しては回答頂いたアドバイスに沿って今後検討してゆくつもりです。特に精神科は心のケアは管轄ではない、主に薬物によって治してゆくものだと考えていましたが、信頼関係も重要との意見で、改めて考え直させられました。(特に信頼していないということではないですが)
大学以外の選択肢という発想も今までありませんでした。具体的にどんなものがあったか教えて頂けたらさらに良かったです。
最後に、周囲からのサポートを受けることは当事者の経験からしてとても厳しいと切実に思います。今まで全てあらゆることを自分から働きかけてきましたが、適切なアドバイスや理解が周囲から得られている実感が非常に乏しいです。しばしば周囲との対立や周囲への落胆を生じます。それが全て私の認知の歪みに起因すると思われてしまっては尚辛いです。勿論、少々改善した部分もあります。総合的に見て、マイナスよりもゼロの方がよかったといった感じです。
とにもかくにもお忙しい中私ごときの愚痴にお付き合い頂き有難うございました。
| 10代/男性 | コメント投稿日:2012-08-04 |